【ロシア睡眠実験】30日間眠らせない狂気の人体実験がヤバすぎる

これは、インターネットを瞬く間に駆け巡った「ホラー・ストーリー」の1つです。

「眠らず戦い続ける兵士が欲しい」という、戦時中の歪んだ思想が生み出した、とある恐ろしい人体実験について。

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目次

ロシア睡眠実験のきっかけ

ロシア睡眠実験のきっかけ
「ロシア睡眠実験」の舞台となったのは、1940年代ソ連の軍用実験施設。

第2次世界大戦の真っ只中だった当時、少しでも争いを有利にすすめるため「眠らない兵士」を生み出すことを、科学者たちは考えます。

その軍事施設では、覚醒剤の開発、研究が進められていて、この薬によって最強の兵士を生み出すことができると考えたソ連は、さっそく動物実験を実施、成功します。

実際、第2次世界大戦では連合国と枢軸国(すうじくこく)の双方で、メタンフェタミンを兵士に支給していたとがわかっています。メタンフェタミンとは、現在でいうシャブやスピード、クリスタルメスといった俗称で呼ばれる覚醒剤の一種です。

既に兵士たちをクスリ漬けにしていたにも関わらず、ソ連はなお薬物による軍事力強化のため、人体実験を開始しました。

モルモットに選ばれたのは、戦争捕虜たちです。

ロシア睡眠実験で行われた内容とは

ロシア睡眠実験で行われた内容とは

まず、5人の健康な捕虜を1つの部屋に閉じ込めました。

部屋に用意されたのは、保存食や蛇口、トイレ、ベッドなどの、生活に必要な最低限のもののみ。

捕虜を部屋に閉じ込めた科学者たちは、その密閉された室内に覚醒剤ガスと酸素を放射。監視カメラで観察することに。

最初の経過は順調で、3日間経っても捕虜は眠ることなく、意識も正常。もともと、「30日間眠らずにいられれば解放してやる」と伝えられていた捕虜たちは、このまま眠らなければ自由になれる希望があったのでしょう。

しかし4日目。事態は急変していきます。捕虜たちは戦争によるトラウマに苦しみだし、5日目には誰もいないはずの空間に話しかけたり、自分自身に話しかけるといった精神障害の兆候が見え始めるのです。

この結果は、実は想定内の結果でしかありませんでした。5日間も眠らずにいると、幻覚を見ることは周知の事実だったからです。研究者たちにとって大事なのは、幻覚が「覚醒剤の影響」なのか「不眠の影響」なのかという点のみ。

ーー残酷にも、実験は継続されるのです。

気が狂う捕虜たち

実験が9日も過ぎると、捕虜たちは完全に気が狂ってしまいました。その後数日間、部屋は不気味な静寂が訪れ、カメラには何も映らず、ただただ真っ暗な部屋の映像が繰り返されるだけだったといいます。

幻覚は不眠ではなくガスのせいだ、と判断した科学者は、ようやく実験の中止を決断。しかし、解放すると告げられた捕虜たちは、こう答えたんです。

「…もう解放されたくない」

研究者たちはすぐさまガスの放出をやめ、新鮮な空気を送り込みます。しかし、そこに聴こえてきたのは、捕虜たちの断末魔のような叫び声でした。

「ガスをくれええええええ!」

焦った科学者たちは部屋を解放。中に突入した科学者たちの目に映るその光景は、まるで地獄絵図だったと言われています。

引き裂かれた皮膚や筋肉、腹は割かれ、呼吸と共に動く肺は敢然に露出。床にはキレイに並べられた内蔵。それを食べている捕虜。

あまりの凄惨な光景に絶句した科学者たちは、すぐに兵士を呼び、叫び声をあげ血を撒き散らしながら暴れまわる捕虜たちを、制圧します。

この乱闘で5人の兵士が命を落としました。トラウマとなり、後に自殺者なども出たそうです。

ロシア睡眠実験は失敗

ロシア睡眠実験は失敗
この騒動で生き残った捕虜3人は拘束され、緊急手術が行われました。

手術中もニヤニヤと不気味な笑みを浮かべる捕虜は、「ガスをくれ」「刻み続けてくれ」と言った要求を繰り返していたそうです。

そこで、この兵士たちに起きた現象は、ガスが切れたことによる禁断症状によるものではないかと考え、もう一度ガスを与えることになりました。

最初は正気を取り戻したように見えた捕虜ですが、結局残ったのは一人。それ以外の捕虜は死んでしまいます。

生き残った最後の捕虜もまるで廃人となり、その光景は常軌を逸した光景でした。耐えかねた科学者の一人が、拳銃を取り出し上官を射殺。

「もうコレ以上耐えられない!こんなやつと一緒にいるのはごめんだ!」と叫び、最後の捕虜に発砲。

まだ息絶えていない捕虜に向かって、科学者は問いました。「お前は一体何なんだ!」

すると、捕虜はこんな言葉を残したそうです。

私はお前たち自身だ。我々はお前たち全てに潜む狂気であり、お前たちの奥深くにある獣の心に住みついて、今にも解き放たれることを望んでいる。毎晩お前のベッドに忍びより……お前が眠りの中に逃げ込むとき、お前を動くことも話すこともできないようにするんだ。

これを聞いて恐ろしくなった研究者は、さらに捕虜へ向けて発砲、射殺。ロシア睡眠実験は、これにて幕を閉じたのです。

ロシア睡眠実験は全て作り話だった

このロシア睡眠実験は、10年以上前からある有名な都市伝説ですが、辻褄が合わない点があまりにも多いことから、誰かの創作話であると結論付けられています。

この恐ろしい人体実験の話が世に出回ったのは、「クリーピーパスタ」というWEBサイトが起源と言われているんです。このサイトはもともと作り話が非常に多くて、元はユーザーが作り出した話の恐ろしさを競うサイトだったそうです。

そこに投稿された「ロシア睡眠実験」が、あまりにも恐ろしいことで知名度が広がり、アクセス数目的に「ロシア睡眠実験は実話だった」という記事や動画が世に溢れることとなりました。

ユーザーの恐怖心を煽るために、話の最後に「情報源は未だ謎に包まれています」といった表現を用い、真実である可能性をチラつかせ、その結果現在のように、一部の人たちが「ロシア睡眠実験は実話だ」と信じている、というのが事の真相。

この話のおかしな点は数多く、

  • 眠れなくなる覚醒剤のガスなど存在しない。
  • 皮膚を引き裂いたり、内蔵が露出するような怪我をおえば100%失血死する。
  • 気が狂った患者が何日も監視カメラに映らず隠れているとは考えられない

このように、事実としてはありえない話がいくつも登場します。

しかし、作り話ではない出来事があるのも事実なんです。実際、第2次世界大戦中、軍は兵士にメタンフェタミンを支給していました。全体の士気をあげ、疲労回復の目的に。

また10年以上経過した今でも、世界中でこの都市伝説の人気が衰えないのには理由があり「クリーピーパスタの中で最も拡散された話で、そのシェア回数は64,030回にも及びます」と、ジャーナリストのガヴィン・フェルナンドさんは語ります。

現在では、小説や映画にもなっているほどの人気で、これからも「本当だったかもしれない都市伝説」として語り継がれるでしょうね。

最後に、この写真をご覧ください。

ロシア睡眠実験で最後に射殺された捕虜の姿

これは、ロシア睡眠実験で最後に射殺された捕虜の姿として、世界中に出回っている写真です。

この写真も、精巧な作り物であることが判明しているので、この話はフィクションということで間違いないでしょう。

もしかすると、それは全て「事実をもみ消すための裏工作」なのかもしれませんがね…。

▼実際の映像(※怖いです。閲覧注意)

参考

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